山田五郎先生が亡くなってしまった。
先生の死を事前に想像していたわけではないが、兼ねてから闘病中だったことは周知で、亡くなったことを知り最後のYoutube動画を見たときは、自分でも驚くほど涙がたくさん出た。悲しい。
五郎先生のすばらしさをブログに書こうと思っていたが、書こうと思うと悲しくて涙が出るので筆が進まなかった。でも書いておきたかった。
番組を一から見直している。パンデミックがはじまってからこの番組は開設されたので、5年半ほど前からさかのぼることになる。
番組は、開設当初から見ていた。
当初、私にとって美術というものは、おしゃれで、知っているとかっこいい。インテリミーハー*の私にとって大変好ましいとっておきの題材であった。(*インテリミーハーとは、かしこい・かっこいいと思われたいがために知っている風であること)
番組名であるオトナの教養講座。教養がある人間なんてかっこいいじゃん!教養あるように見られたい。(*今は何を教養というのかよくわからなくなってきており、教養という言葉から距離を置いている。番組名について批判するということでは全くない)
五郎先生の著書は何となく読んだことがあったし、美術館は旅先や企画展があれば「知ったか」で訪れたりしたこともある。とはいえ、好きな画家は誰?と聞かれても答えられないレベルである。
五郎先生の初代相棒、ワダちゃんと同じくらいの美術・世界史知識といっても全く言い過ぎではないと思う。
ダヴィンチ、ゴッホ、モネ、セザンヌ。最初は有名どころの画家がたくさん出てきて、見たことある絵画ばかりである。五郎先生だから話もわかりやすく退屈しない。
五郎先生の素晴らしいところは、絵を描いた画家の「人となり」を、現代の私にも伝わるように教えてくれることである。画家という職業は、日常生活を営んでいる中でまずお目にかかることがない。縁遠い職業を持つ人々である。画家といったら女好き、金遣いが荒い、などあまりいいイメージのない人々だった。
そんな彼らでも、出生、恋愛、イデオロギーなどいろいろなバックグラウンドや思想を持って画家になる。さらに、当時の世相、戦争中なのか景気がいいのか、そして美術史の系譜(流行の描き方)といろいろな要因が混じりあって、画家ひとりひとりがそれぞれの作品を生み出している、ということを五郎先生は実におもしろく教えてくれる。
美術史・世界史に精通していなければおもしろくない?と思うとそうでもない。画家そのものの人生に焦点を当てるだけでも十分楽しめるのである。画家同士の人間関係(子弟・友情・ライバル)・他の作品から影響を受ける、などなど一枚の絵画からまた別の絵画へ、多面的に絵画を楽しむことができること。
神話なのか実写なのか、想像なのか。宗教や歴史に興味が広がっていくおもしろさ。
絵が上手=絵画、ではないこと。(私はこの番組でアンリルソー、ピロスマニを知り大好きになりました)
5年半の番組をすべて欠かさず視聴していたわけではない。興味のある画家や絵、トピックのみを視聴していたので、今は1から見直すとともに、美術史・世界史を勉強しながら楽しみたいと思っている。
1年半ほど前に原発不明がんに罹ったことを公表した五郎先生。公表当時すでにステージ4だったが、末期という言葉を一切使わず、保険範囲内で治療を行っていることを本当にいつもの五郎先生のまま視聴者に伝えたのだった。(*原発不明がんとは何かということもこの番組で知った)それからも治療薬の効き具合や体調の報告を、どこか他人のことのように、いつも通りの五郎先生が伝えているのである。それは最後の動画になるまで続いた。そのうち完治して、「がんが消えたんだわ!世の中わからんことがまだまだあるなー」なんて話してくれるような雰囲気を最期の動画まで、ずうっと出し続けてくれていて、闘病中であることを全然感じさせなかった。自分が死ぬかもしれない、具合が悪くなっていくかもしれない、いつまで生きられるかわからない状況でも番組を続けること、歩けなくなる・食べられなくなる・タバコが吸えなくなってでも番組を行う五郎先生、かっこよすぎる。はあ泣ける。悲しいだけでなく、その生きざまに心を打たれて涙が出る。自分がステージ4のがんですって言われてこんな風に生きられるのか、到底無理。
本当にすごいものを見せてくれ続けた。五郎先生の生きざま。はあ。
番組を見直すことで、きっとまだまだ気づきや発見、感動があるのだろうと思うと、五郎先生に改めてありがとうございましたとお疲れさまでした、を伝えたい。
ああでもやっぱりちょっと戻ってきてくれませんか?また先生の授業が見たいです。



